どうか、目の前に選択肢があらわれたら、「本当に、この選択肢の中から『答え』を選ばなくてはならないのか?」と、ほんの少しだけでもいいので、考えてみてください。 —
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これ、本文の宗教の話だけじゃなく日常生活や仕事でも、ものすごく大事だと思う。
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真っ白な孔雀
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「ほめて育てる」とよく言うが、「頭がいい」と褒めるのと「頑張ったね」と褒めるのとでは、全然ちがう結果になるそうだ。努力を褒められた子はチャレンジするが、知性を褒められた子は失敗を恐れるようになるという。これは興味深い記事。 http://t.co/EdR5T5if — Twitter / higetch (via atasinti)
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凄くモチベーションの高そうな人にどうしたらやる気を保てるか訊いたら、モチベーションに頼るのは堕落の始まりだから、やるべき事をこなす機械になれって言われたっけ。 —
Twitter / mika
2009-12-07 機械的にりブログ!
これまた回ってきたか。いつもどうもありがとう。
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以前、小学校に入った年の子供がいきなり「もうこれから何もいいことが起こらないような気がする」と泣き出したのを聞いて、ぎょっとしたことがある。
クリスマスとお正月が過ぎ、三学期が始まったばかりの頃だった。楽しいことが終わって寂しくなったのか、学校で何かいやなことがあったのかと思ったのだが、その子はつぎの日高熱を出した。インフルエンザを発症したのだ。
大人であれば、風邪の引き初めの「何かだるいような感じ」「なんとなく普通ではない感じ」と表現したのだろうが、その「感じ」を六歳の子は、「これから何もいいことが起こらない感じ」と表現した。つまり彼にとっての〈世界〉は、未だ身体と心が別物ではない、風邪に罹った身体の不調は、未来への不安として知覚されたのだ。
わたしたちは「言葉」を介して世界とふれあっている。わたしたちが目で見ているのは、「ものそのもの」ではなく「言葉」であり、「音そのもの」ではなく「言葉」であり、感覚といわれるものですら「暖かさ」「静けさ」「穏やかさ」という言葉を感じているのだ。だが、もしかしたら「痛み」「不快」「不調」「不安」という言葉での分節を知る以前の赤ちゃんにとっては、何もかもが同じことなのかもしれない。
わたしは以前から眠くなった赤ん坊や幼児が泣くのが不思議でならなかった。眠たければ寝ればいいのに、何をいったいぐずぐず言っているのだ、と、眠くてぐずぐず言う弟を見て腹を立てたものだった。だが、彼にとっては、「痛い」のも「眠い」のも、あるいは母がそばにいなくて「不安」なのも、全部同じものとして感じられているのかもしれない。眠くてぐずぐず言うのを、母が抱き取って「よしよし、眠いんだね、ねんねんよ」ということで、「眠い」という分節を知り、転んで泣き叫ぶのを「よしよし、痛かったんだね、お薬をつけようね」と言いきかせて「痛い」という分節を知る。「言葉」を使うこととふるまうことが一緒に示されることで、赤ん坊は言葉の世界に入っていく。そうして言葉の使い方をある程度は知っている六歳の子は、その不安=不調を言葉でそう表現したのだ。
言葉の世界の住人であるわたしたちは、もはや言葉によって分節されなかった世界がどんなものか、想像すらできない。「わたしの身体」「わたしの手」「わたしの足の指」などというように、そんな「身体」を所有している「わたし」が身体とは別にどこかに存在しているかのような気持ちでいる。
けれど、疲れているときのものの見方は疲れていないときとはちがうし、アグレッシブな音楽を聴いていると、自然と気持ちは高揚する。気持ちに対しては嘘はつけても、身体をだますことはできない。風邪を引いたりしたときは、おそらく身体が真っ先に気づくのだ。けれど、言葉で身体と意識を隔ててしまっていると、言葉を使わない身体の声は聞こえない。身体の声を聞く回路というのは、おそらく大人になってしまえば、意識的に作り上げていかなければならないものなのだろう。
—鶏的思考的日常 ver.28 (via tnmemo)
身体と精神の感覚のgood/badはつながっている。演劇のトレーニングなんかそこを使う(身体の反応から擬似的に精神状態をつくる、など。例:笑ってるときと同様の腹筋の動きをすると、なんか可笑しくなってくる)し、草食った人の話だと、寒いとか空腹などの「不快」な状態だと、バッドに行きやすいなど。
(via nwashy)(via an-k)
今は中3の長女が小学校に上がる前の話
我が家の入るマンションは都営住宅が並ぶ団地と道路を隔てたところにある。
団地には公園があって、うちの子供も毎日そこへ遊びに行っていた。
嫁に言わせるとある日から小学校2~3年ぐらいと幼稚園と思われる姉妹が遊びに来るようになった。
物怖じしない性格の長女は姉妹が気になったのかガンガン話しかけたらしい。
姉妹の妹は長女と同じ年だったから次第に仲良くなったが、姉の方は全く打ち解けなかったらしい。
嫁が道路ですれ違い、声をかけても無視されたと言っていた。
そんなある土曜日、嫁は幼稚園の謝恩会の打合せだと朝から不在、子供を遊ばせ、テレビを見ていると
ピンポ~ンとチャイムが鳴った。
子供が出てみるとなにやら話し声。出てみるとその姉妹だった。
うちの長女がいきなりこう聞いてきた「パパ、ランドセルってどこに売ってるの?」と。
そりゃ、デパートとかさそういうところだよと答えると姉妹に「デパートだって」と伝えた。
何の話だ?と聞くと姉妹の妹が再来週には小学校入学なのにランドセルが無いのだそうだ。
それを親に話したら、買って来いといわれ、3万円を渡されたそうだ。
これから二人で行くのか?とオレが聞くと二人で黙ってコクリとうなずいた。
ちょっと待てよ、小学校入学なんて一大事を姉妹二人で何とかしろなんて・・・と思いが沸き起こり、
おじさんがついていこうか?と聞いた。
すると我が家の長女がそれが良いよと言い出した。
姉妹の姉は大丈夫です、二人で行けますというが、3万円握り締めているのを見たら、もう切なかった。
結局、我が家の子供二人と姉妹を連れて、近所のイトー○ー○ドーへ。
赤いランドセルを購入し、帰りにマックへ行ったが、姉妹の姉は一度もニコリともしなかった。
家へ戻ると最後に小さな声で「ありがとうございました」と言って、走り去っていった。
夕方、嫁が帰ってきたので、その話をした。
すると嫁が「それでパパ、そのまま帰したの?」と聞いてきた
「そうだけど」と答えると「これだから無神経は困る、小学校に入る準備は大変なんだ」
と説教をされた。
次の日、子供を連れて嫁が姉妹の家を訪ねた。
すると、やはりランドセル以外は何も準備が出来ていなかったらしい。
嫁がパパ、世の中には困った時にはお互い様という言葉があるよねと聞いてきた、
あぁ、あるねと言うと嫁がニヤついたのを今でも覚えている。
すると、嫁は一人も二人も一緒とウチの長女と姉妹の妹の分の二人分の入学準備をした。
上履きだの手提げ袋だの、結構出費したみたい。
いざとなれば、パパのお小遣いから引くんだからとあまり気にせずやったらしい。
入学式当日、長女と姉妹の妹は二人手を繋いで小学校の門をくぐった。
その日の晩、ピンポ~ンと不意の来客。
嫁がなにやら話していると思うと、パパちょっと来てと。呼ばれるままに出て行くと作業着を着た男性と姉妹がそこにいた。
男性は姉妹の父親かと思ったが、違った。おじさんに当たると言う。
ざっくり聞くと男性は姉妹の母親の弟になるという。
姉妹の両親は父親と母親が相次いで病死。
引取先が無かったので自分が引取ったが、仕事が現場ばかりで家に戻れなかったと。
封筒を出して、すいません、お世話になりましたと言う。
おや、これは!と思うと嫁がピシャリ!
こんなことしてもらうようなことはしてません、最低限のことをしただけですと言って断った。
帰りしな、長女がご飯食べに来なよ、パパがさ、仕事とかウソついてお酒飲んで帰ってくるから
いっつもパパの分だけ余るんだよ、捨てちゃうのもったいないからさと話し掛けた。
それからは姉妹の姉も道ですれ違うと挨拶するようになった。
オレが家に帰ると5割ぐらいの確率で姉妹がウチで夕飯食べてた。
そんなことが3年程続いたある日、家に帰ると長女と3歳違いの長男が今日はお姉ちゃん荒れてるよと言う。
なんで?と思うと泣きながら何かを叫んでいる。
嫁がそんなこと言っても仕方ないでしょ?となだめているが、一向に収まらない。
嫁に近づき、あの絶叫の原因は何だ?と聞くと姉妹が引っ越すというだ。
おじさんが結婚が決まり、姉妹が居ても良いという相手だそうでその人と暮らすために引っ越すのだという。
今まで本当に姉妹のように暮らしていたので寂しかったのだろう。長女の悲しみや寂しさは
人一倍だったと思う。
引越しの日の朝、おじさんと姉妹が挨拶にやってきた。
姉妹から我が家の家族4人それぞれ宛に手紙をもらった。
後で読んでねと言われたので姉妹が出て行ってから読むことにした。
手紙を読んで涙した。
生まれて初めてお父さんとお母さんが居るような気がしました
うれしかった、一生忘れません、
大きくなってお嫁さんになる時は絶対来て下さいと
書いてあった。
子供にパパ泣いているとからかわれたが嫁も人目をはばからず号泣していた。
姉妹の姉は高校3年生、妹は中学3年生
姉の方は推薦で大学に入るそうだ。
奨学金ももらえると喜びの電話が昨日あった。
妹は長女と同じ高校に行こうと約束しているらしいが、
ウチの長女の方が出来が良くないらしい。
(via an-k)
実家に仕送りしてるんだけど、お金がなくて困ってた。
でも彼氏にそういうことは言いたくなくて、無理くりお金を捻出して彼と遊んでた。たまに多めに出してもらったりするけど、基本的には割り勘で。
そしたら、ある日、普通の日にいきなり花束をくれた。
「ありがとう」と言ったら「プレゼントだからね。絶対返しちゃだめだから」って。
なんか変だな~と思ってた。家に帰って花瓶に活けようとしたら、中に封筒が入ってて、貯金通帳と手紙が出てきた。
「○○ちゃん、もう俺の前では無理しないで下さい。この通帳は、普段使ってるのじゃないほうで、今のところ俺は使う予定じゃないので持ってて下さい。何か必要なことがあったらここから使って。いちいち俺に言わなくてもいいからね。」
暗証番号も書いてあった。私の誕生日。中を見たら、10日くらい前に口座作ったばかり。こんなの受け取れるわけない、不器用すぎる優しい彼氏に泣きました。
すったもんだで通帳はお返しし、そのかわり今後はあまり遠慮せずに彼氏に奢られる事、とルールを決められてしまいました。
「俺たちは長い長い付き合いになる。今ちょっと俺が○○ちゃんにしてあげる分が多くなってもいつかきっと俺のほうが助けてもらうことがあるんだからお互い様。ずっと死ぬまで一緒にいるのに、借りとか何とか言うほうがおかしいんだよ」
って言ってくれた彼氏にまた泣いた。
本当にずっとずっと一緒にいたい。私といて幸せだってずっと思っていてほしい。
あ~もう書いててまた泣けてきた。
— 俺の前では無理しないで下さい。 (via blendy999) (via iyoupapa) (via petapeta) (via mteramoto) (via negimiso) (via yuco) (via yaruo) (via tanigon) (via hsmt) (via kazcorp) (via korobix) (via yasayasa83) (via darylfranz) (via kzmy)
2010-08-20 (via gkojay) (via motomocomo)